ワインガイド Vinotier
Grand Vin / 銘醸図鑑

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ

Brunello di Montalcino / イタリア・トスカーナ
モンタルチーノのぶどう畑。畝の先に丘が連なる
モンタルチーノのぶどう畑。畝の先に丘が連なる / Photo: “Montalcino vineyard - panoramio” by trolvag, CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
ひとことで言うと

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、イタリア・トスカーナ州、シエナの南約40kmにある丘上の町モンタルチーノの周りで造られる、サンジョヴェーゼ100%の赤ワインです。オーク樽で2年以上熟成し、発売は収穫から5年目(リゼルヴァは6年目)の1月1日——イタリアでも指折りに長い熟成規定を持ち、1980年にバローロなどとともに最初のDOCGのひとつになりました。畑は約2,000ヘクタール、生産者は約220軒。「ブルネッロ」は品種名ではなく、この土地でサンジョヴェーゼを指してきた地元の呼び名です。

ボルゲリが「規定より先にワインがあった」産地なら、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノはその逆——一軒の家が理想のワインを定義し、産地と規定がそれを追いかけた場所です。

品種はサンジョヴェーゼだけ。樽で2年以上、世に出るのは収穫から5年目。イタリアでもっとも我慢強い赤のひとつが、なぜこの小さな丘の町から生まれたのか。町、家、規定、危機の順に歩きます。

丘の上の町

丘の上に広がるモンタルチーノの町並み
丘の上のモンタルチーノ。町を中心に、ぶどう畑が四方の斜面へ広がる / Photo: “Montalcino-Skyline-2012” by Bjørn Christian Tørrissen, CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

モンタルチーノは、シエナの南およそ40キロ、標高約560〜570メートルの丘の上に築かれた要塞の町です。町の名を冠する生産地域はほぼ一辺15キロの四角形で、三方をオルチャ、アッソ、オンブローネの川に囲まれ、畑は標高約120〜650メートルに散らばります。

気候は地中海性で乾燥気味。雨は年700ミリほどで春と秋に集中し、恒常的に吹く風が果実を健全に保ちます。南東にそびえるアミアータ山(標高約1,740メートル)は、豪雨や雹からこの一帯を守る盾だと説明されます。土壌は場所によってまるで違い、ガレストロやアルベレーゼの骨格質から、低地の粘土質・砂質まで入り混じる——ひとつの呼称の中に、標高差500メートルと多様な土壌を抱え込んでいることが、この産地を一言で語れなくしています。

一般には、北側は標高が高く冷涼でエレガント、南側は温暖で力強いと語られます。北のモントゾーリの丘、南東のカステルヌオーヴォ・デッラバーテ、南のサンタンジェロ・イン・コッレ——生産者の項で出てくる地名は、この見取り図の上に置いて読んでください。

一軒の家が造った産地

ブルネッロの物語は、ビオンディ・サンティ家から始まります。

ビオンディ・サンティのブルネッロ・リゼルヴァ1985年のボトル
ビオンディ・サンティのリゼルヴァ1985年。封蝋には1891の年号が刻まれる / Photo: “Brunello di Montalcino - Biondi Santi - Bottle retouched” by Renzo Grosso, CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

19世紀半ば、薬学を修めた農園主クレメンテ・サンティは、当時のトスカーナの常識だった混醸や早飲みの赤とは別の道を探り、1869年、「ブルネッロ」と呼ぶ1865年産の赤でモンテプルチャーノの農事委員会から銀メダルを得ました。記録に残る、この名の最初期の登場です。1879年にはシエナ県の委員会が「ブルネッロはサンジョヴェーゼと同一品種」と結論づけています。つまり「ブルネッロ」は品種の発見ではなく、この土地のサンジョヴェーゼに与えられた名前でした。

孫のフェッルッチョ・ビオンディ・サンティは、フィロキセラ禍と経済危機の時代に、優れた樹を選び抜き、サンジョヴェーゼ100%で長期熟成に耐える赤を造るという家の流儀を確立したとされます。1932年にはイタリア農林省の報告書が、ブルネッロを「フェッルッチョ・ビオンディ・サンティ博士による創造物」と記しました。蔵には1888年のボトルがいまも眠ると伝えられます——「1888年が最初のブルネッロ」という有名な話は、この家伝に由来するものです。

どこまでが記録で、どこからが伝承か。メダルと委員会の結論、1932年の政府報告書は文書で確認できる事実です。一方「1888年が世界初のブルネッロ」「最初のリゼルヴァ」という語りは蔵元の家伝の域を出ません(そもそもリゼルヴァという区分自体、1966年のDOC以降の制度です)。ただ、第二次大戦が終わった時点でブルネッロを商業的に造っていたのはこの一軒だけで、政府文書に残るリリース済みヴィンテージが1888・1891・1925・1945のわずか4つだった——この事実だけで、物語の核は十分に硬いのです。

1960年代になっても、造り手は十数軒しかありませんでした。1966年にDOC(イタリア最初期のひとつ)、1967年に生産者協会が発足し、1980年、バローロ、ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノとともに、イタリア最初のDOCGのひとつになります。「DOCG第1号」と紹介されることもありますが、正確には同日認定の3つのうちのひとつです。

規定を読む——「5年目の1月1日」

現行の規定を、ラベルの読み方の要領で整理します。

ブルネッロDOCGロッソ・ディ・モンタルチーノDOC
品種サンジョヴェーゼ100%サンジョヴェーゼ100%
樽熟成オーク樽24か月以上(樽の大きさは自由)義務なし
瓶内熟成4か月以上(リゼルヴァは6か月以上)義務なし
発売解禁収穫から5年目の1月1日(リゼルヴァは6年目)収穫翌年の9月1日
収量上限8トン/ヘクタール9トン/ヘクタール
最低アルコール12.5%12.0%

実例で言えば、2019年産のブルネッロは2024年1月1日に、2018年産のリゼルヴァも同じ日に解禁されました。ボトルは濃色のボルドー型、栓は一体成型の天然コルクと、瓶の姿まで規定されています。

見落とされがちな点をふたつ。第一に、規定が求める樽熟成は24か月で、樽の大きさを指定していません——「大樽で造るのが規則」ではないのです。第二に、リゼルヴァの追加条件は瓶熟2か月と発売1年遅れだけで、樽の最低期間は同じ。リゼルヴァ=製法が上等、と機械的には言えないことになります。良年にだけ名乗る造り手が多いのは、制度ではなく矜持の問題です。

産地にはほかに、甘口白のモスカデッロ・ディ・モンタルチーノ(実はルネサンス期から知られた土地の伝統酒)と、国際品種の受け皿サンタンティモDOCもあります。

バンフィの上陸、樽をめぐる論争

1978年、産地の南にアメリカの資本がやって来ます。イタリア系アメリカ人のマリアーニ兄弟が興したバンフィです。当初の狙いは甘口モスカデッロの量産でしたが、この構想は不発に終わり、赤へ転換。温度管理発酵やフレンチオークといった近代技術と、アメリカ市場への販売力を持ち込み、ブルネッロを世界商品に変えたと評されます。1960年代に十数軒だった造り手は、いまや域内250軒前後・畑約2,000ヘクタール・年産900万〜1,000万本の規模です。

拡大は論争も連れてきました。1990年代から2000年代前半、小樽(バリック)の新樽で造る現代派と、スラヴォニア産大樽の伝統派の対立が誌面を賑わせます。ただし前述の通り、規定は樽の大きさを問いません。つまりこれは規則ではなく哲学の論争でした。そして近年の批評は「二項対立は終わった」でほぼ一致しています——多くの造り手が大樽やニュートラルな樽へ戻り、勝負は樽の流儀ではなく畑の区画と選果に移った、というのが2020年代の見立てです。

2008年、信頼の危機

2008年春、産地は最大の危機を迎えます。一部の生産者に「認可されていない畑のぶどうを使ったのではないか」という疑いがかけられ、シエナ検察が捜査に入ったのです。報道は「サンジョヴェーゼ100%の規定が破られ、他品種が混ぜられているのでは」という疑念へ膨らみ、アメリカは政府発行の適合証明書を輸入の条件にしました(2010年に解除)。事件は「ブルネッロポリ」と呼ばれます。

司法の結末は、報道の熱よりずっと静かでした。押収されたワインの多くは検査でサンジョヴェーゼ100%と確認されて解除され、一部の生産者は司法取引で手続きを終え、起訴された生産者には2013年に全面無罪となった例もあります。組織的な偽装を認定した判決はありません。

むしろ後世に残ったのは、渦中の2008年10月の生産者総会です。規定を緩めて他品種のブレンドを認める案が諮られ——96%の反対で否決されました。ブルネッロはサンジョヴェーゼ100%であり続ける。危機の年に、産地は自らの手でそう決めたのです。

どこから飲み始めるか

入口はロッソ・ディ・モンタルチーノ(3,000〜8,000円)が定石です。樽熟成の義務がなく早く世に出る、同じ畑の言葉のスケッチ——イル・ポッジョーネバンフィ、余裕があればポッジョ・ディ・ソットのロッソを。次にブルネッロの中堅(5,000円〜1.2万円)へ進み、気に入った方角——北の張りつめた酸か、南の豊かな果実か——を見つけたら、単一畑やリゼルヴァ(1.6万円〜)へ登っていくのがよい順路です。

当たり年は、協会の公式評価で2010・2012・2015・2016・2019・2020年が5つ星。ただしこの星評価は2020年ヴィンテージを最後に廃止され、2021年からはマスター・オブ・ワインのパネルが年の性格を3つの言葉で表す「ブルネッロ・フォルマ」に変わりました——「良い/悪い」の一次元をやめた、という宣言です。飲み頃は公式の案内で10〜30年。開けるなら18〜20℃、大ぶりのグラスで、抜栓から時間をかけて(第49講 グラスと道具完全編)。

合わせるのはトスカーナの流儀で、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナローストビーフ、熟成したペコリーノ、ポルチーニのリゾット。若いロッソならラグーのパスタが気軽です。

サンジョヴェーゼという品種の全体像は品種図鑑第7講 イタリア完全編で。同じ1980年に最初のDOCGとなった北の雄はバローロで、規定の外から生まれた隣人はボルゲリで。一軒の家の理想が、ひとつの産地になった——丘の上の町のワインは、その5年間の沈黙ごと味わうものです。

主要生産者と作風

※各ドメーヌの作風は一般的な評価に基づく傾向です。キュヴェやヴィンテージにより表情は変わります。

すべてはこの家から始まった

ビオンディ・サンティ

Biondi-Santi / テヌータ・グレッポ

19世紀、クレメンテ・サンティが「ブルネッロ」と呼ぶ赤で1869年に銀メダルを得て、孫のフェッルッチョ・ビオンディ・サンティがサンジョヴェーゼだけで長期熟成に耐える赤を確立したと伝えられる、産地の始まりの家。蔵には1888年のボトルが残ると伝えられ、リゼルヴァを名乗った年は130年余りで40数回しかありません。「現代ブルネッロの父」フランコは2013年に91歳で世を去り、2017年からは仏EPI社が過半数を取得、ビオンディ・サンティ家も経営に残ります。畑は約33ヘクタール。若いヴィンテージでも堅牢な酸と気品を崩さない、基準器のような作風と評されます。

孤高。いまはDOCGを名乗らない

ソルデラ(カーゼ・バッセ)

Soldera / Case Basse

1972年、ミラノから来たジャンフランコ・ソルデラが南西部に興した家。徹底した自然志向の畑と大樽の長期熟成で、熱烈な信奉者を持つ造り手です。2012年12月、恨みを持つ元従業員がセラーの樽の栓を開け、6ヴィンテージ分・6万リットル超が失われる事件が起き、犯人には実刑判決が下りました。翌2013年に協会を離れ、以後はDOCGを名乗らずトスカーナIGTとして出荷。ソルデラは2019年に82歳で亡くなり、家族が家を継ぎます。現行品は1本10万円を大きく超える、産地でもっとも高価な一本です。

1890年から、南の大樽

イル・ポッジョーネ

Il Poggione / フランケスキ家

1890年にラヴィニオ・フランケスキが手に入れた、産地でも指折りに古い家。南部サンタンジェロ・イン・コッレの温暖な斜面に約140ヘクタールの畑を持ち、規模と品質を両立させてきました。看板のブルネッロはスラヴォニア産の大樽で約3年という伝統の造りで、フレンチバリックは使わないと明言しています。単一畑ヴィーニャ・パガネッリは1964年植樹の古木。大きな家でありながら価格は良心的で、「最初のブルネッロ」に薦められる筆頭としてよく名が挙がります。

「ブルネッロ」の名を最初に掲げた家のひとつ

コンティ・コスタンティ

Conti Costanti

16世紀半ばからモンタルチーノにいた貴族の家系で、1870年、ティト・コスタンティ伯が1865年産を「ブルネッロ」の名でシエナの博覧会に出品した記録が残ります——この名が公の場に現れた、最初期の例のひとつです。町の東〜北東のコッレ・アル・マトリケーゼに畑約12ヘクタール。現当主アンドレア・コスタンティの造りは、中樽(トノー)と大樽を組み合わせる折衷で、硬質な酸と磨かれた輪郭のクラシックな味筋と評されます。

北のモントゾーリの丘

ヴァルディカーヴァ

Valdicava / アッブルッツェーゼ家

1953年創設、1987年から孫のヴィンチェンツォ・アッブルッツェーゼが率いる家。町の北、ブルネッロ屈指の名畑とされるモントゾーリの丘に畑を持ちます。北側らしい張りのある酸と香りの立ち上がり、それを支える凝縮した果実——単一畑マドンナ・デル・ピアーノ(1970年植樹)のリゼルヴァは、北のブルネッロの頂点のひとつに数えられます。

南東の優雅、透けるような赤

ポッジョ・ディ・ソット

Poggio di Sotto / コッレマッサーリ

ピエロ・パルムッチが南東部カステルヌオーヴォ・デッラバーテに興した家。標高190〜440メートル、オルチャ川の谷とアミアータ山を望む斜面から、淡い色調に凝縮を潜ませた、香りで語るブルネッロを生み、伝統派の新しい理想像と評されてきました。2011年からはクラウディオ・ティーパのコッレマッサーリ傘下——ボルゲリのグラッタマッコと同じグループです。価格は3万円を超えますが、ロッソ・ディ・モンタルチーノでさえ別格の完成度と語られます。

納得できない年は、造らない

サルヴィオーニ

Salvioni / ラ・チェルバイオーラ

町の東側の小さな畑ラ・チェルバイオーラから、ジュリオ・サルヴィオーニが1985年に初ヴィンテージを出した小さな家。生産量はごくわずかで、基準に達しない年はブルネッロを一本も造らず、全量をロッソに格下げする——2014年が実際にそうでした。この潔さと、華やかな香りを持つ緻密な味わいで、小規模生産者の理想像として語られます。

アメリカの資本が、産地の地図を変えた

カステッロ・バンフィ

Castello Banfi / マリアーニ家

1978年、イタリア系アメリカ人のマリアーニ兄弟が醸造家エツィオ・リヴェッラとともに南部に創設。当初は甘口モスカデッロの一大産地化を構想し、それが不発に終わって赤へ舵を切ったという経緯を持ちます。所有地は約2,830ヘクタールと別次元の規模で、1983年には中世の城ポッジョ・アッレ・ムーラを取得。温度管理発酵やフレンチオークなど近代技術をいち早く持ち込み、ブルネッロを世界市場(とくにアメリカ)へ広げた立役者と評されます。入手しやすさは産地随一です。

1580年の館、2023年の世界一

アルジャーノ

Argiano

1580年建造のヴィラを中心とする南西部の古い家。1992年にチンザーノ伯爵夫人が取得し、1995年には名醸造家ジャコモ・タキス——サッシカイアを手がけた人物——を迎えてスーパータスカン「ソレンゴ」を生みました。現在はブラジルの実業家グループの所有で、2018年産ブルネッロがWine Spectator誌の2023年「年間トップ100」で世界第1位に選ばれ、産地の話題をさらいました。近年は畑の区画研究と大樽への回帰を進めています。

よくある質問

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノとはどんなワインですか?
イタリア・トスカーナ州、シエナの南約40kmにある丘上の町モンタルチーノの周辺で造られる、サンジョヴェーゼ100%の赤ワインです。オーク樽で2年以上熟成し、発売できるのは収穫から5年目(リゼルヴァは6年目)の1月1日から。1980年にバローロ、ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノとともにイタリア最初のDOCG(統制保証付原産地呼称)のひとつになりました。畑は約2,000ヘクタール、協会加盟の生産者は約220軒、年産はおよそ900万〜1,000万本です。
「ブルネッロ」というぶどう品種があるのですか?
いいえ。「ブルネッロ」はこの土地でサンジョヴェーゼを指してきた地元の呼び名で、1879年にはシエナ県の委員会が両者を同一品種と結論づけています。日本の販売サイトには品種欄に「サンジョヴェーゼ・グロッソ」と書かれることが多いのですが、これも公的な品種名ではなく、大粒系サンジョヴェーゼの通称です。規定の条文に登場する品種名は「サンジョヴェーゼ」だけです。
なぜ発売までに5年もかかるのですか?
現行規定が、オーク樽で24か月以上・瓶で4か月以上の熟成を義務づけたうえで、出荷解禁を収穫から5年目の1月1日(リゼルヴァは6年目)と定めているためです。たとえば2019年産は2024年1月1日、2018年産のリゼルヴァも2024年1月1日に解禁されました。タンニンと酸の強いサンジョヴェーゼが落ち着くのを蔵で待ってから世に出す、イタリアでも指折りに長い熟成規定です。
ロッソ・ディ・モンタルチーノとの違いは?
同じ産地・同じサンジョヴェーゼ100%ながら、樽熟成の義務がなく、収穫翌年の9月1日から出せる別のDOC(1983年制定)です。「若いブルネッロ」と呼ばれることもありますが、1960年代からのロッソ用の畑も存在し、近年は畑をヴィンテージごとにどちらへ使うか選べる制度になったため、「早く飲むために設計された独立したワイン」と考えるのが正確です。価格は3,000円台からで、ブルネッロの入口として最適です。
キャンティやモンテプルチャーノとの違いは?
キャンティ・クラシコは同じトスカーナのサンジョヴェーゼ主体(80%以上)の赤ですが、他品種のブレンドが許され、樽熟成の義務もありません。ブルネッロは100%かつ樽2年以上で、規定の厳しさが違います。まぎらわしいのが「ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノ」——これは町の名前で、サンジョヴェーゼ主体(70%以上)のワイン。アブルッツォ州の「モンテプルチャーノ・ダブルッツォ」は同名の全く別の品種から造られる別のワインです。
当たり年はいつですか?
生産者協会の公式評価で近年の5つ星とされたのは2010・2012・2015・2016・2019・2020年です。ただしこの星評価の制度は2020年ヴィンテージを最後に廃止され、2021年以降はマスター・オブ・ワインのパネルがヴィンテージの性格を3つの言葉で表す「ブルネッロ・フォルマ」という新しい仕組みに変わりました。飲み頃は年の性格によりますが、公式には10年から30年と案内されています。
2008年の「ブルネッロポリ」とは何だったのですか?
一部の生産者に「認可されていない畑のぶどうを使ったのではないか」という疑いがかけられ、検察の捜査と報道で産地が揺れた事件です。アメリカは一時、政府発行の適合証明書の携行を輸入条件にしました(2010年に解除)。押収されたワインの多くは検査でサンジョヴェーゼ100%と確認されて解除され、起訴された生産者には2013年に全面無罪となった例もあります。同じ2008年、規定を緩めて他品種を認める案が総会にかけられましたが、96%の反対で否決され、サンジョヴェーゼ100%は守られました。
予算の目安は?
2026年8月時点の実勢で、ロッソ・ディ・モンタルチーノが3,000〜8,000円、ブルネッロの入口〜中堅が5,000円〜1万2,000円、単一畑や上級クラスが1万6,000〜2万8,000円ほど。ポッジョ・ディ・ソットは3〜4万円、ビオンディ・サンティは3万円台から、そのリゼルヴァとソルデラ(現在はIGT表記)は10万円を大きく超えます。まずはイル・ポッジョーネやバンフィなど、信頼できる家の通常ボトルから入るのが確実です。

最終更新: 2026-08-24 / 監修: Vinotier編集部