ボルゲリが「規定より先にワインがあった」産地なら、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノはその逆——一軒の家が理想のワインを定義し、産地と規定がそれを追いかけた場所です。
品種はサンジョヴェーゼだけ。樽で2年以上、世に出るのは収穫から5年目。イタリアでもっとも我慢強い赤のひとつが、なぜこの小さな丘の町から生まれたのか。町、家、規定、危機の順に歩きます。
丘の上の町

モンタルチーノは、シエナの南およそ40キロ、標高約560〜570メートルの丘の上に築かれた要塞の町です。町の名を冠する生産地域はほぼ一辺15キロの四角形で、三方をオルチャ、アッソ、オンブローネの川に囲まれ、畑は標高約120〜650メートルに散らばります。
気候は地中海性で乾燥気味。雨は年700ミリほどで春と秋に集中し、恒常的に吹く風が果実を健全に保ちます。南東にそびえるアミアータ山(標高約1,740メートル)は、豪雨や雹からこの一帯を守る盾だと説明されます。土壌は場所によってまるで違い、ガレストロやアルベレーゼの骨格質から、低地の粘土質・砂質まで入り混じる——ひとつの呼称の中に、標高差500メートルと多様な土壌を抱え込んでいることが、この産地を一言で語れなくしています。
一般には、北側は標高が高く冷涼でエレガント、南側は温暖で力強いと語られます。北のモントゾーリの丘、南東のカステルヌオーヴォ・デッラバーテ、南のサンタンジェロ・イン・コッレ——生産者の項で出てくる地名は、この見取り図の上に置いて読んでください。
一軒の家が造った産地
ブルネッロの物語は、ビオンディ・サンティ家から始まります。

19世紀半ば、薬学を修めた農園主クレメンテ・サンティは、当時のトスカーナの常識だった混醸や早飲みの赤とは別の道を探り、1869年、「ブルネッロ」と呼ぶ1865年産の赤でモンテプルチャーノの農事委員会から銀メダルを得ました。記録に残る、この名の最初期の登場です。1879年にはシエナ県の委員会が「ブルネッロはサンジョヴェーゼと同一品種」と結論づけています。つまり「ブルネッロ」は品種の発見ではなく、この土地のサンジョヴェーゼに与えられた名前でした。
孫のフェッルッチョ・ビオンディ・サンティは、フィロキセラ禍と経済危機の時代に、優れた樹を選び抜き、サンジョヴェーゼ100%で長期熟成に耐える赤を造るという家の流儀を確立したとされます。1932年にはイタリア農林省の報告書が、ブルネッロを「フェッルッチョ・ビオンディ・サンティ博士による創造物」と記しました。蔵には1888年のボトルがいまも眠ると伝えられます——「1888年が最初のブルネッロ」という有名な話は、この家伝に由来するものです。
1960年代になっても、造り手は十数軒しかありませんでした。1966年にDOC(イタリア最初期のひとつ)、1967年に生産者協会が発足し、1980年、バローロ、ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノとともに、イタリア最初のDOCGのひとつになります。「DOCG第1号」と紹介されることもありますが、正確には同日認定の3つのうちのひとつです。
規定を読む——「5年目の1月1日」
現行の規定を、ラベルの読み方の要領で整理します。
| ブルネッロDOCG | ロッソ・ディ・モンタルチーノDOC | |
|---|---|---|
| 品種 | サンジョヴェーゼ100% | サンジョヴェーゼ100% |
| 樽熟成 | オーク樽24か月以上(樽の大きさは自由) | 義務なし |
| 瓶内熟成 | 4か月以上(リゼルヴァは6か月以上) | 義務なし |
| 発売解禁 | 収穫から5年目の1月1日(リゼルヴァは6年目) | 収穫翌年の9月1日 |
| 収量上限 | 8トン/ヘクタール | 9トン/ヘクタール |
| 最低アルコール | 12.5% | 12.0% |
実例で言えば、2019年産のブルネッロは2024年1月1日に、2018年産のリゼルヴァも同じ日に解禁されました。ボトルは濃色のボルドー型、栓は一体成型の天然コルクと、瓶の姿まで規定されています。
産地にはほかに、甘口白のモスカデッロ・ディ・モンタルチーノ(実はルネサンス期から知られた土地の伝統酒)と、国際品種の受け皿サンタンティモDOCもあります。
バンフィの上陸、樽をめぐる論争
1978年、産地の南にアメリカの資本がやって来ます。イタリア系アメリカ人のマリアーニ兄弟が興したバンフィです。当初の狙いは甘口モスカデッロの量産でしたが、この構想は不発に終わり、赤へ転換。温度管理発酵やフレンチオークといった近代技術と、アメリカ市場への販売力を持ち込み、ブルネッロを世界商品に変えたと評されます。1960年代に十数軒だった造り手は、いまや域内250軒前後・畑約2,000ヘクタール・年産900万〜1,000万本の規模です。
拡大は論争も連れてきました。1990年代から2000年代前半、小樽(バリック)の新樽で造る現代派と、スラヴォニア産大樽の伝統派の対立が誌面を賑わせます。ただし前述の通り、規定は樽の大きさを問いません。つまりこれは規則ではなく哲学の論争でした。そして近年の批評は「二項対立は終わった」でほぼ一致しています——多くの造り手が大樽やニュートラルな樽へ戻り、勝負は樽の流儀ではなく畑の区画と選果に移った、というのが2020年代の見立てです。
2008年、信頼の危機
2008年春、産地は最大の危機を迎えます。一部の生産者に「認可されていない畑のぶどうを使ったのではないか」という疑いがかけられ、シエナ検察が捜査に入ったのです。報道は「サンジョヴェーゼ100%の規定が破られ、他品種が混ぜられているのでは」という疑念へ膨らみ、アメリカは政府発行の適合証明書を輸入の条件にしました(2010年に解除)。事件は「ブルネッロポリ」と呼ばれます。
司法の結末は、報道の熱よりずっと静かでした。押収されたワインの多くは検査でサンジョヴェーゼ100%と確認されて解除され、一部の生産者は司法取引で手続きを終え、起訴された生産者には2013年に全面無罪となった例もあります。組織的な偽装を認定した判決はありません。
むしろ後世に残ったのは、渦中の2008年10月の生産者総会です。規定を緩めて他品種のブレンドを認める案が諮られ——96%の反対で否決されました。ブルネッロはサンジョヴェーゼ100%であり続ける。危機の年に、産地は自らの手でそう決めたのです。
どこから飲み始めるか
入口はロッソ・ディ・モンタルチーノ(3,000〜8,000円)が定石です。樽熟成の義務がなく早く世に出る、同じ畑の言葉のスケッチ——イル・ポッジョーネやバンフィ、余裕があればポッジョ・ディ・ソットのロッソを。次にブルネッロの中堅(5,000円〜1.2万円)へ進み、気に入った方角——北の張りつめた酸か、南の豊かな果実か——を見つけたら、単一畑やリゼルヴァ(1.6万円〜)へ登っていくのがよい順路です。
当たり年は、協会の公式評価で2010・2012・2015・2016・2019・2020年が5つ星。ただしこの星評価は2020年ヴィンテージを最後に廃止され、2021年からはマスター・オブ・ワインのパネルが年の性格を3つの言葉で表す「ブルネッロ・フォルマ」に変わりました——「良い/悪い」の一次元をやめた、という宣言です。飲み頃は公式の案内で10〜30年。開けるなら18〜20℃、大ぶりのグラスで、抜栓から時間をかけて(第49講 グラスと道具完全編)。
合わせるのはトスカーナの流儀で、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナやローストビーフ、熟成したペコリーノ、ポルチーニのリゾット。若いロッソならラグーのパスタが気軽です。
サンジョヴェーゼという品種の全体像は品種図鑑と第7講 イタリア完全編で。同じ1980年に最初のDOCGとなった北の雄はバローロで、規定の外から生まれた隣人はボルゲリで。一軒の家の理想が、ひとつの産地になった——丘の上の町のワインは、その5年間の沈黙ごと味わうものです。