ワインガイド Vinotier
XXXI
Practical Guide — Tasting Vocabulary

テイスティングの言葉完全編

「渋い」「重い」だけでは、あの一杯は語れない。言葉を持つと、味覚は鋭くなる。外観・香り・味わいを言い表す語彙を、順番に手に入れていきます。

実践のテーマ編、第4弾は言葉の話。感じたことを言い表せれば、味わいはもっと立体的になる。キーワードは外観・香りのカテゴリ・味わいの5軸
テイスティングシートの上に並んだ、飲み比べ用のワイングラス
言葉にする準備 — 並べて、見て、香って、言い表す。語彙があるほど、感じ取れる違いは細かくなる
— Prologue

言葉を持つと、味覚は鋭くなる「渋い」「重い」の先へ

「おいしい」「渋い」「重い」——最初はそれで十分です。でも不思議なことに、言葉を覚えると、味の解像度そのものが上がります。「酸がある」としか言えなかった一杯が、「レモンのような鋭い酸」と「りんごのような丸い酸」に分かれて感じられるようになる。語彙は、味覚のピントを合わせるレンズなのです。

この講では、プロが使う枠組み「外観 → 香り → 味わい」の順に、使える言葉を手に入れていきます。第10講ブラインドテイスティングの実践と合わせれば、効果は倍増。まずは、いちばん簡単な「見る」からです。

— Appearance

外観の言葉色は、情報のかたまり

グラスを傾けて、白い背景にかざす。それだけで語れることがあります。色の系統(赤ならルビー/ガーネット、白ならレモン色/黄金色)、色の濃さ(淡い〜濃い)、そして縁(ふち)の色調。第29講ヴィンテージと熟成で学んだとおり、赤は熟成でレンガ色へ、白は琥珀色へ——色は品種と年齢のヒントです。

木のテーブルの上で、鮮やかなサーモンピンクの色調を見せるロゼワインのグラス
色を言葉に — このロゼなら「やや濃いめのサーモンピンク。縁にオレンジのニュアンス」。色の名前を使うだけで、描写は一気に具体的になる
赤の色調Red

紫がかったルビー(若い)→ガーネットレンガ色(熟成)。ピノは淡く、カベルネは濃い。

白の色調White

緑がかったレモン色(若い・冷涼)→黄金色(樽・熟成)→琥珀色(甘口・長期熟成)。

濃淡と粘性Depth

「淡い/中程度/濃い」の3段階でOK。グラスの内壁を伝う脚(レッグ)はアルコールや糖の目安。

まず3語でいい 「やや濃いめの、紫がかったルビー」——系統+濃淡+ニュアンスの3語で、外観のコメントは十分成立します。うまく言おうとせず、絵の具の色を選ぶ感覚で。

— Aroma

香りの言葉カテゴリで探す

いちばん難しく、いちばん楽しいのが香り。コツは「何の香り?」といきなり当てにいかず、大分類→小分類の順に絞り込むことです。まず「果実系?花系?スパイス系?」と大づかみにし、果実系なら「柑橘?ベリー?トロピカル?」と一段ずつ降りる。世界のプロが使うアロマホイールも、この発想で作られています。

果実Fruit

白=柑橘・青りんご・洋梨・桃・パイナップル。赤=いちご・ラズベリー・カシス・プラム。冷涼だと酸っぱい系、温暖だと甘い系の果実に寄る。

花・植物Floral

白い花・バラ・すみれ。ハーブ・青ピーマン・ミント。品種のヒントになりやすいグループ。

スパイス・樽Oak

こしょう・シナモン。バニラ・トースト・ナッツは樽由来のことが多い(第2講参照)。

熟成の香りTertiary

きのこ・腐葉土・なめし革・ドライフルーツ・蜂蜜。時間が生む複雑さ(第29講参照)。

大地・鉱物Mineral

火打石・濡れた石・潮。シャブリやアシルティコ(第25講)を語るときの定番。

その他Others

バター・ヨーグルト(乳系)、イースト・パン(泡の澱由来)など、製法が生む香りも。

「思い出の匂い」で構わない 「おばあちゃんの家の梅酒」「雨上がりの土」——個人的なたとえは、むしろ記憶に残る最高の言葉です。ソムリエの言葉をなぞる必要はありません。自分の嗅覚の辞書を育てるのが目的です。

— Palate

味わいの言葉5つの軸で測る

口に含んだら、第1講基礎講座で学んだ5つのものさし——甘辛・酸・タンニン・ボディ・余韻——を順に確かめます。ここでは各軸の「表現の階段」を覚えましょう。強弱だけでなく、質感を言うのが上達のコツです。

フレッシュ → 鮮烈「穏やか/いきいきした/鮮やかな/張りつめた」。質感なら「レモンのような鋭さ」「りんごのような丸さ」。
タンニンは質感で語る「シルキー(絹)/ビロードのような/きめ細かい/固い/ざらつく」。強さより手ざわりの比喩が伝わる。
ボディは重さの体感「軽やか/ミディアム/豊満な/凝縮した」。水とミルクの飲み比べをイメージすると掴みやすい。
余韻は長さと残るもの「短い/中程度/長い」+「何が残るか」(果実味?ミネラル?苦み?)。良いワインほど余韻が語れる。

バランス、という最後の言葉 各要素を確かめたら、最後に全体を一言で。「酸が主役の引き締まった白」「タンニンと果実が拮抗する若い赤」。要素同士の関係を言えたら、もう立派なテイスティングコメントです。

— Practice

コメントを組み立てる型があれば、怖くない

仕上げに、覚えた言葉をに流し込みます。プロも使う順番はいつも同じ。「外観 → 香り → 味わい → 総合」です。たとえば——「やや淡いルビー色。ラズベリーとすみれ、かすかに紅茶の香り。口当たりは軽やかで、いきいきした酸ときめ細かいタンニン。余韻に赤い果実が長く残る、エレガントな赤」。これで完成です。

二本並べるCompare

言葉は比較から生まれる。安い一本と少し良い一本を並べれば、「違い」が言葉を連れてくる。第10講の実践と同じ要領。

書き留めるNote

スマホのメモで十分。日付・銘柄・3行のコメント。読み返すと、自分の好みの輪郭が見えてくる。

正解を探さないFree

「合ってるかな?」は不要。同じワインでもプロ同士で表現は割れる。感じたことが、あなたの正解

語彙は道具箱 この講の言葉は、暗記リストではなく道具箱です。次の一杯で、どれかひとつ使ってみる——それだけで、昨日と違う味がするはずです。

— Recap

あなたの言葉で語る一杯記憶し、分かち合うために

押さえるのは「外観は系統+濃淡の3語」「香りはカテゴリで絞り込む」「味わいは5軸を質感で語る」「型に流し込む」。そして、個人的なたとえを恐れないこと。言葉は味わいを縛るためではなく、記憶し、誰かと分かち合うためにあります。今夜の一杯から、ひとつだけ言葉にしてみてください。

言葉を手に入れたら、ふたたび産地の旅へ。次は気候変動が生んだ新しい銘醸地——泡の新星イングランドと、氷の甘露カナダ。イングランド&カナダ完全編で、地図の北側で起きている静かな革命をご案内します。