「ぶどう御殿」から芽吹いた産地
奈良のワイン造りは、まだ始まったばかり。かつて奈良・大阪の県境には、食用ぶどうで栄えた「ぶどう御殿」と呼ばれる産地が広がっていましたが、後継者不足で多くの畑が放棄されていきました。その一角を継ぎ、県で初・唯一とされるワイナリーが醸造をはじめています。土地の記憶を、ワインという形で残そうとする試みです。
自然派として生きるデラウェア
奈良で頼りになるのが、この地に古くから根づくデラウェア。甘い食用ぶどうとして親しまれてきた品種ですが、除草剤や化学肥料に頼らない栽培と、自然酵母による発酵を組み合わせることで、素直な果実味と軽やかさを持つ自然派(ナチュラル)ワインへと姿を変えます。デラウェアのほか、巨峰やピノ・ノワールなどにも挑む造り手がいます。
気候と土地の個性
ワイン造りの舞台となるのは、奈良盆地の西縁、大阪との県境に連なる丘陵地です。盆地を囲む山々が雨雲をさえぎるため、奈良盆地は国内でも降水量が少ない地域のひとつとされます。丘陵の斜面は水はけがよく、昼夜の寒暖差もあって、食用ぶどうの栽培地として長く選ばれてきた土地でした。デラウェアのような早熟品種は生育サイクルが短く、秋の長雨や台風の影響を受けにくいという利点もあります。派手さはないものの、「ぶどうが無理なく育つ土地」であることが、奈良のワインの静かな土台になっています。
主な品種と味わいの傾向
中心はデラウェア。小粒で糖度が高く、そのまま食べて甘いぶどうですが、早摘みすればきりっとした酸の辛口白に、完熟なら華やかでやわらかな白になります。にごりのある微発泡に仕立てるスタイルも自然派の定番で、やさしい甘い香りと軽い泡が心地よい一杯です。巨峰などの生食用品種をロゼや軽い赤に生かす試みや、ピノ・ノワール、甲州といった品種への挑戦も始まっています。共通するのは、抽出や樽で飾らず、ぶどうそのものの味を素直に出す方向性です。
自然派ワインの楽しみ方のコツ
奈良のワインの多くは自然派(ナチュラル)ワインの造りなので、楽しみ方にも少しコツがあります。にごりのある微発泡は、瓶の中で酵母が生きていることがあるため、よく冷やして、ゆっくり開けるのが基本。急に開けると吹きこぼれることがあります。にごり(澱)は味の一部なので、気にせず混ぜて飲んでも、上澄みだけ先に楽しんでも構いません。開けたてと翌日で表情が変わるのも自然派の面白さで、一晩置くと香りがほどけてくることもあります。「きれいに管理された味」ではなく「生きている味」——そう思って向き合うと、この産地のワインはぐっと近くなります。
郷土の食との合わせ方
柿の葉寿司には、デラウェアの微発泡がぴったり。締めた鯖や鮭のほどよい酸味と塩気に、やさしい甘い香りと泡が寄り添います。飛鳥鍋(牛乳仕立ての鶏鍋)には、まろやかな白。乳のコクと果実味は定番の好相性です。大和野菜の炊き合わせのような淡い味には、軽やかな辛口を。素材の滋味を消さない控えめな果実味こそ、自然派デラウェアの持ち味です。奈良の食は総じて出汁と素材の淡い旨みが軸なので、「軽く、やさしく」を合言葉に選ぶと失敗しません。
ワイナリー巡りのコツ
奈良の造り手はまだ少なく、規模も小さいため、訪問できるかどうかは事前確認が必須です。醸造所に売店や見学設備があるとは限らず、ワインは酒販店やイベント、飲食店で出会うことも多いのが実情です。むしろ「奈良のワインを扱う店を探して飲みに行く」ことが、この産地の応援の仕方かもしれません。観光とあわせるなら、ぶどう畑の広がる県境の丘陵地は大阪側の産地とも近く、関西のワイン産地をまとめて巡る旅程も組めます。
産地の歩みとこれから
奈良・大阪県境の丘陵は、かつて食用ぶどうで栄え、その繁栄ぶりから「ぶどう御殿」と呼ばれる家々が建ったと伝えられます。大阪側の柏原市周辺は昭和初期に日本有数のぶどう産地だった歴史があり、奈良側の畑もその文化圏の一部でした。時代とともに畑は減りましたが、放棄された園地を引き継ぎ、ワインという新しい形で土地の記憶をつなぐ動きが生まれています。県内のワイナリーがまだ数えるほどしかない産地だからこそ、一本一本が「奈良のワインとは何か」を定義していく——そんな始まりの時期に立ち会える産地です。千年の都の足元で、いちばん新しいワインの物語が始まっている。その落差もまた、奈良らしい味わいのうちです。
奈良の食とともに
やさしい果実味と軽やかな飲み口は、大和野菜や柿の葉寿司など奈良の食の名脇役。まずは「日本ワイン」とはから背景を知り、隣接する大阪や京都のワインとあわせて、関西の新しい造り手たちの個性を味わってみてください。詳しくは木谷ワインや第9講 日本ワイン産地巡りもどうぞ。
