菊鹿シャルドネが描く九州の白
熊本のワインを語るとき、まず挙がるのが山鹿市菊鹿(きくか)地区のシャルドネです。県北の中山間地に広がる畑では、寒暖差や水はけといった条件を生かして良質なぶどうが育つとされ、ここから生まれる白ワインは国内のコンクールで金賞に輝いた年があり、海外の品評会でも評価を集めてきました。濃さを誇るより、凛とした酸とふくよかな果実味のバランスを大切にする——それが熊本の白の魅力です。
温暖な土地のぶどうたち
主役のシャルドネに加え、熊本ではキャンベル・アーリーやマスカット・ベーリーA、デラウェアといった品種も親しまれてきました。温暖な気候のなか、ステンレスタンクで果実味をピュアに引き出すものから、樽熟成でコクと香ばしさをまとわせるものまで、造りの幅も広がっています。日本ワインの背景を知りたい方は、まず「日本ワイン」とはから目を通してみてください。
郷土の味とともに
きれいな酸とほどよいコクをもつ熊本の白は、馬刺しや辛子蓮根、太平燕など郷土の味の名脇役。あっさりした和食にもよく寄り添います。隣県福岡のワインと飲み比べたり、第9講「日本ワイン産地巡り」で各地の個性と見くらべたりしながら、九州ワインの広がりを味わってみてください。
気候と土地の個性
熊本県は九州のほぼ中央に位置し、有明海に面した平野部から阿蘇の外輪山まで、標高差の大きな地形をもちます。ワイン用ぶどうの栽培で知られる山鹿市菊鹿地区は、県北の内陸にある中山間地。夏の暑さは厳しいものの、盆地状の地形ゆえに昼と夜の気温差が大きく、ぶどうは酸を保ったままゆっくり熟していきます。畑の多くは水はけのよい傾斜地に開かれており、雨の多い九州にあって、余分な水分を溜め込まない土地条件が品質を支えているとされます。「温暖な九州でシャルドネが育つのか」と驚かれることもありますが、内陸の寒暖差と傾斜地の水はけ——この二つが、その問いへの答えです。
主な品種と味わいの傾向
主役はやはりシャルドネです。ステンレスタンクで仕上げるすっきりとした辛口から、樽で熟成させてコクと香ばしさを重ねたものまで、同じ土地のぶどうでも造りによって表情が変わります。共通するのは、温暖な土地らしい果実のふくよかさと、それを引き締める酸の存在。飲み疲れしないバランスのよさが持ち味です。赤やロゼには、キャンベル・アーリーやマスカット・ベーリーAといった日本で長く親しまれてきた品種が使われ、渋みの穏やかな気取らない味わいに仕上がります。デラウェアからは軽やかな白や甘口も造られ、ワインに慣れていない方の入口にも向いています。飲み頃の温度は、すっきりタイプの白なら8〜10度前後、樽熟成の白なら10〜12度前後とやや高めにすると、香りとコクが素直に開きます。冷やしすぎると熊本の白の持ち味であるふくよかさが隠れてしまうので、冷蔵庫から出して少し置いてから注ぐのがコツです。
郷土の食との合わせ方
熊本の食卓は、馬肉、辛子蓮根、球磨川流域の川の幸、有明海の海の幸と、個性の強い味に事欠きません。合わせ方の基本は「郷土の味の濃さに、ワインのコクを釣り合わせる」ことです。
- 馬刺し — 赤身の旨みと甘い醤油だれには、渋みの穏やかなマスカット・ベーリーAの赤を。少し冷やして飲むと、後味がすっきりまとまります。
- 辛子蓮根 — 辛子味噌の刺激と揚げ衣のコクには、樽熟成のシャルドネ。ワインのコクが油分を受け止め、酸が辛子の後味を整えます。
- 太平燕(タイピーエン) — 春雨と海鮮のあっさりしたスープには、すっきりタイプのシャルドネやデラウェアの白。出汁のような旨みと白ワインの酸は好相性です。
ワイナリー巡りのコツ
熊本のワイナリーは数が限られるぶん、一軒をじっくり訪ねるスタイルが向いています。訪問前に公式サイトで見学・試飲の可否や営業日を確認しておくと安心です。試飲をするなら、運転は同行者に任せるか、公共交通やタクシーを使いましょう。買い求めたワインを夏場の車内に置くと傷みやすいため、保冷バッグの持参もおすすめです。あわせて、菊鹿地区のある山鹿は豊前街道の宿場町として栄えた歴史のある土地で、温泉や古い町並みの散策と組み合わせれば、産地の背景ごと味わう一日になります。県内の造り手については熊本ワインの紹介ページもあわせてご覧ください。
産地の歩みとこれから
熊本はもともと、球磨焼酎や赤酒といった個性ある酒の文化を育ててきた土地です。そのなかでワインは新しい仲間で、山梨や長野のような明治以来の産地に比べると歴史は浅く、県産ぶどうによる本格的な醸造が広がったのは平成に入ってからと伝えられます。転機となったのは、菊鹿地区のシャルドネが国内外のコンクールで評価されたこと。「九州でも水準の高い白が造れる」という手応えが、産地の自信になりました。2016年の熊本地震という試練を経てもぶどう畑と造りは守られ、いまも地元の契約農家とともに歩む地産のワイン造りが続いています。温暖な気候での栽培経験は、気候変動が語られるこれからの時代にこそ生きる知恵として、注目されていくはずです。
