ボトルの底の「沈殿物」
熟成した赤ワインを開けると、底に黒っぽい沈殿物が見られることがあります。これが澱(おり)。ぶどう由来の色素やタンニン、酒石(酒石酸の結晶)などが、時間をかけて固まり沈んだものです。
心配いらない、むしろ良い証
澱は品質の問題ではなく、自然な熟成の証。無濾過で造られたワインにも見られます。健康への害はありませんが、口当たりがざらつくので、グラスに入れないようにするのが一般的。澱の多い古酒は、デカンタージュで上澄みだけを移すと、よりおいしく楽しめます。
「澱」と「酒石」は別のもの
まとめて澱と呼ばれがちですが、性質の違う二つが混じっています。
- 色素とタンニンの結合体 — 赤ワインの熟成中に、色素分子とタンニンが手をつないで大きくなり、支えきれなくなって沈みます。細かい粉状で、黒紫〜レンガ色。これが本来の「澱」です。ワインの色が淡くなり、渋みが丸くなるのは、まさにこの物質が瓶の底に落ちているからです。
- 酒石(しゅせき) — 酒石酸が結晶化したもの。透明〜白っぽい、砂糖や小さなガラス片のような見た目で、白ワインやコルクの裏側にも見られます。低温で析出しやすく、冷蔵庫に長く入れたワインで現れることがあります。
つまり、赤ワインの熟成のしるしが澱、低温のしるしが酒石。どちらも無害で、洗い流せば済む話です。
澱と付き合うための実務
澱そのものは害ではなくても、口に入るとざらつき、苦味を感じることがあります。避ける手順は単純です。
- 飲む半日〜1日前に、ボトルを立てる。 澱が底の一点に集まります。
- 抜栓は静かに。 ボトルを傾けたり振ったりしない。
- 注ぐときは一度で。 傾けたり戻したりを繰り返すと、せっかく沈めた澱が舞い上がります。
- 最後の一杯分は残す。 ボトルの底、およそ2〜3センチ分には澱が集まっています。
より確実にやるならデカンタージュです。光源(ろうそくやスマートフォンのライト)をボトルの首の下に置き、澱が首に差しかかったところで注ぐのをやめる。この手順はハウツー: デカンタージュで詳しく扱っています。
古酒ほど慎重に
注意したいのは、古いワインでは「デカンタージュ=正解」とは限らないことです。長く寝ていたワインは、空気に触れた瞬間から急速に変化することがあり、デカンタに移して30分後には香りが痩せていた、という例も語られます。
古酒に対する現在の定石は、澱を除く目的でのみ、飲む直前に静かに移すというもの。「開かせるため」の長時間のデカンタージュは、若いタンニンの強いワインにこそ向いた手法です。熟成の見方は第29講 ヴィンテージと熟成完全編で整理しています。
澱が「増えてきた」ワインは、飲み頃かもしれない
セラーで寝かせているワインの澱が目に見えて増えてきたら、それはタンニンと色素が結合して落ちてきたということ。すなわち、口の中の渋みが和らぎ、色が淡くなり、香りが第三アロマへ移行しつつある——熟成が進んだサインです。
もちろん澱の量だけで飲み頃は決まりませんが、セラーの中のボトルを光にかざして底を見る、というのは、寝かせているワインと対話するささやかな方法のひとつです。