力ではなく、希少さと完成度で語られるカルト
スクリーミング・イーグルは、ナパ・ヴァレーのオークヴィルAVAから生まれる、ナパ・カルトワインの象徴にして頂点です。1986年に一人の不動産業者が畑を買い、1992年に初めてボトルに詰めた——それだけの来歴で、いまやボルドー格付け第1級を上回る平均取引価格を記録するまでになりました。
ただしこの蔵の凄みは、「濃い」「強い」といった言葉では説明できません。醸造は年ごとに45前後の区画を別々に仕込み、100を超えるロットのなかから最良のものだけを選ぶ。採用されるのは収穫の一部にすぎないと複数の取材記事が伝えています。カルトワインという言葉が持つ派手さとは裏腹に、実態はきわめて禁欲的な選別の産物です。
数字で見るスクリーミング・イーグル
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在 | アメリカ・カリフォルニア州ナパ・ヴァレー、オークヴィルAVA(谷の東側、シルヴァラード・トレイル沿い) |
| 敷地・作付 | 敷地 約57〜60エーカー(約23〜24ha)。うち作付は約45〜48エーカー(約18〜19.5ha) |
| 土壌 | ヴァカ山脈から下る沖積扇状地。砂利質ローム主体に旧河床・火山性堆積物・粘土が混じる |
| 植樹本数 | 約10万本。1本ごとに番号入りのステンレス・タグが付けられている |
| 年産 | およそ400〜850ケース(約4,800〜10,200本)。資料により幅がある |
| ファーストヴィンテージ | 1992年(リリースは1995年)。生産量は約175〜200ケース |
| 醸造 | 約45区画を別々に仕込み、小型タンク50基前後。毎年120以上のロットから選別 |
面積の数字が資料ごとに割れているのは、この蔵が公式に情報をほとんど出さないためです。公式サイトはアロケーション会員のログインが中心で、畑や醸造の詳細は掲載されていません。「わからないことが多い」こと自体が、この蔵の神話性の一部になっています。
1986年、醸造経験のない女性が買った畑
物語の始まりは地味です。1986年、不動産業を営んでいたジーン・フィリップスが、オークヴィルの一角を取得しました。醸造の経験はありません。土地には少なくとも1940年代からブドウが混植されており、それ以前にも別の名前のワイナリーが存在した履歴が残っています。
フィリップスは当初、収穫したブドウをナパの他のワイナリーに売っていました。自分で瓶詰めするようになったきっかけは、ロバート・モンダヴィの助言だったと伝えられます。1992年、彼女は最良の区画の果実だけを取り分けて初めてのワインを仕込みました。醸造を手伝ったのが、当時すでに評価を高めていたハイジ・ピーターソン・バレットと、ダラ・ヴァレのグスタフ・ダラ・ヴァレです。
ちなみに「スクリーミング・イーグル(絶叫する鷲)」という名前の由来は、本人が最後まで明かしませんでした。米陸軍第101空挺師団の愛称にちなむという説が広く語られますが、フィリップスが語ったのは「少女の頃、その名前が自分にとって意味を持っていた」ということだけだったと報じられています。モンダヴィのスタッフはこの名前を好まなかったそうですが、彼女は押し通しました。
1995年、99点がすべてを変えた
1992年ヴィンテージがリリースされたのは1995年。このときロバート・パーカーが99点を付けたことで、無名の小さな畑は一夜にして伝説になりました。
ここは間違えられやすい点なので、はっきり書いておきます。1992年は「99点」であって、パーカー本人の100点ではありません。100点を出したのは別の評価者です。スクリーミング・イーグルにパーカー自身が満点を与えたのは、1997年(同銘柄初の満点)、そして2007年(当初の評価から後に引き上げ)、2010年、2012年。2015年と2016年も100点ですが、この2つを評価したのはリサ・ペロッティ=ブラウンMWであり、ワイン・アドヴォケイト誌としての満点です。
| ヴィンテージ | 評価 | 評価者 |
|---|---|---|
| 1992 | 99点 | ロバート・パーカー(初リリース時) |
| 1997 | 100点 | ロバート・パーカー |
| 2007 | 100点 | ロバート・パーカー(後に引き上げ) |
| 2010 | 100点 | ロバート・パーカー |
| 2012 | 100点 | ロバート・パーカー |
| 2015・2016 | 100点 | リサ・ペロッティ=ブラウンMW(ワイン・アドヴォケイト誌) |
点数がここまで価格を動かした例は、ワインの歴史でもそう多くありません。批評家の点数がどう機能してきたかは第29講 ヴィンテージと熟成完全編でも扱っています。
2006年、蔵が持ち主を変えた
2006年3月、ジーン・フィリップスはスクリーミング・イーグルを売却します。買い手は投資会社経営者のチャールズ・バンクスと、実業家のスタン・クローケでした。
売却額は公表されていません。ワイン・スペクテイター誌は、オークヴィルの地価と在庫、ブランド価値から2,000万〜3,000万ドル以上と推定し、他の媒体は3,000万〜4,000万ドルと報じました。数字が独り歩きしやすいところですが、確定しているのは「非公表」という一点だけです。
売却の背景には、リーフロール・ウイルスに侵された区画の大規模な植え替えと、新しい醸造施設の建設という重い課題がありました。フィリップス自身は「そろそろペースを落とす時だと思った」と述べたと伝えられます。新体制では畑の管理をデイヴィッド・アブリューが、醸造コンサルタントをミシェル・ロランが担い、カーヴを備えた控えめな新ワイナリーが建てられました。
2009年4月にはバンクスが離脱し、以後はクローケの単独所有となっています。醸造家はハイジ・バレット(1992〜2006年ヴィンテージ)からアンディ・エリクソン、そして2010年代初頭にニック・ジスラソンへ引き継がれました。ジスラソンは以前ハーラン・エステートに在籍していた人物です。
同じオークヴィルでも、谷の「東側」
オークヴィルAVAは、ナパ・ヴァレーの中央部、ラザフォードとヨントヴィルのあいだに位置し、栽培面積の約75%をカベルネ・ソーヴィニヨンが占めます。名門がひしめく一帯ですが、地理をよく見ると面白い対比が見えてきます。
オーパス・ワンやロバート・モンダヴィのトゥ・カロン畑、そしてハーラン・エステートは、いずれも谷の西側——マヤカマス山脈の裾野に広がる「ウェスタン・ベンチ」や、その上の丘陵にあります。対してスクリーミング・イーグルは、谷を挟んだ東側、ヴァカ山脈から下る扇状地に立地します。
醸造家ジスラソンは、この畑を「北向き主体の小さな袋小路のような地形」と説明し、春は暖かく、夏は涼しいという特徴を挙げています。畑の西側にカベルネ・ソーヴィニヨンが多く、東側の水はけの良い区画には古樹のメルローが残る。同じオークヴィルでも、どちら側の斜面かで性格が変わる——ナパを深掘りするときの見取り図として覚えておくと役に立ちます(第12講 カリフォルニア完全編)。
三つのワイン
フラッグシップのカベルネ・ソーヴィニヨンは、年により配合が動きます。2012年はカベルネ・ソーヴィニヨン79%/メルロー17%/カベルネ・フラン4%、2015年は76%/20%/4%といった具合です。畑の植栽比率とボトルの中身が一致しないのは、選別の結果であり、シャトー・マルゴーなど格付け上位の蔵と共通する構図です。
The Flightは、フラッグシップに採用されなかったロットと若木から造られるメルロー主体の一本。2021年はメルロー65%/カベルネ・ソーヴィニヨン19%/カベルネ・フラン16%でした。ヴィンテージとしては2006年が最初ですが、市場に出たのは2012年で、当初は「Second Flight」の名。2015年に「The Flight」へ改称されたのは、「セカンド=格下」という印象を避け、別スタイルであることを示すためと説明されています。
ソーヴィニヨン・ブランは、輪をかけて希少です。2015年ヴィンテージは樽ひとつぶん、20ケース(約240本)だったと伝えられます。年によっては通常のリストにも登場せず、2025年のWine-Searcherの集計では世界で最も高価なソーヴィニヨン・ブランとして挙げられました。ソーヴィニヨン・ブランという、本来は親しみやすい品種の常識が通用しない例です。
50万ドルのボトルの正体
「1本50万ドルで落札された」——この話は事実ですが、しばしば短く語られすぎています。
2000年のナパ・ヴァレー・ワイン・オークションで、1992年ヴィンテージの6リットル瓶1本が50万ドルで落札されました。落札者はネヴァダ州在住の元シリコンヴァレー幹部の夫妻で、オークション初参加ながら総額170万ドル超を投じたと報じられています。当時の単一ボトルとしての世界最高落札額であり、会場の約2,000人がスタンディングオベーションを送ったといいます。
ただし補足が二つ。ひとつは、これが慈善オークションであること。通常の市場価格とは性質が違います。もうひとつは、これが同じオークションの最高額ロットではないこと。ハーラン・エステートの10ヴィンテージ垂直セットが70万ドルで落札されています。「単一ボトルとしては世界記録」という限定を外すと、意味が変わってしまいます。
買えないワインと、どう付き合うか
販売はメーリングリスト(アロケーション)限定です。リストは2000年頃には満杯になったと報じられ、2009年時点で待機者は5,000人超、実際に年3本の割り当てを購入できたのは約2,000人だったと伝えられます。現在も新規は待機リストへの登録のみ。「何年待ち」といった数字は公式には出ていません。
価格の推移も、この蔵の歩みそのものです。初リリース時は1本50〜75ドル(資料により異なります)、1995年に125ドル、2006年時点で約300ドル、そして2015年ヴィンテージで1,050ドル。二次市場ではさらに上がり、2025年のLiv-ex分類では12本ケースで約23,881ポンド——ボルドー五大シャトーを上回る平均取引価格が記録されています。日本でも並行・正規の販売店で見かけることはあり、2015年ヴィンテージが約34万円で売られていた例があります。ヴィンテージと時期によっては100万円前後まで振れます。
現実的な話をすれば、ほとんどの人にとってこれは飲むワインではなく、知っておくワインです。それでも、この蔵が示したものは残ります。1990年代のナパで、スクリーミング・イーグル、ハーラン・エステート、ブライアント・ファミリー、コルギン、ダラ・ヴァレのマヤといった造り手が**「カルトワイン」というカテゴリーそのものを作り上げた**。1976年のパリ試飲会でナパが世界の目を引いてから16年後に、その頂点が現れたことになります。
カベルネという品種の骨格を知るなら第5講 ボルドー完全編を、ナパの全体像なら第12講 カリフォルニア完全編をどうぞ。実際に手に取るなら、まずはロバート・モンダヴィからオーパス・ワンへ——同じ谷の階段を、下から順に上っていくほうがずっと面白いはずです(第33講 ワインの買い方完全編)。

