「良い酸化」と「悪い酸化」
ワインにとって酸素は、敵にも味方にもなります。適度に触れれば香りが開き(デカンタージュはこれを狙ったもの)、触れすぎれば風味が失われ、色も茶色っぽく、味もぼやけてしまいます。
開けたら早めに、が鉄則
開栓後のワインは少しずつ酸化が進みます。防ぐコツは、しっかり栓をして冷蔵庫で保存し、早めに飲みきること。空気を抜くポンプを使えば、もう少し長持ちします。香りが鈍くなり、色がくすんできたら、酸化が進んだサインです。
何が起きているのか
酸素に触れたワインでは、いくつかの反応が同時に進みます。もっともよく語られるのが、エタノールが酸化してアセトアルデヒドになる反応です。これが増えると、りんごの傷んだような、あるいはシェリーを思わせる香りが立ちます。
同時に、色にも変化が現れます。白は緑がかった色調を失って黄金色から茶色へ、赤は紫がかった縁が失われてレンガ色へ。グラスを傾けて縁の色を見るだけで、酸化の進み具合はかなり判断できます。
さらに進むと、酢酸菌の働きで揮発酸が増え、酢のようなツンとした香りが出てきます。ここまで来ると、料理用としての活用を考える段階です。
温度が決定的に効く
酸化の反応速度は、温度が上がるほど速くなります。開栓後のワインを常温に置くのと冷蔵庫に入れるのとでは、劣化の速さがまるで違います。
これは未開栓のワインでも同じで、夏場の車内や日の当たる棚に置いたワインは、コルクが押し上がるほど劣化することがあります。保存の基本は「涼しく・暗く・振動なく」。詳しくはハウツー: ワインの保存と第26講 保存とサービング完全編で扱っています。
「開いた」と「酸化した」の境目
抜栓直後は硬かったワインが、30分後にふわりと香り出す——これは酸化の良い側面です。閉じていた香りが立ち上がり、タンニンの角が取れます。
問題は、その先。ピークを過ぎると、果実味から順に失われていきます。目安としては、若くタンニンの強い赤は数時間かけて開き、繊細な熟成ワインは開いた瞬間から下り坂に入ることもあります。
だからこそ、古酒ほどデカンタージュは慎重にというのが定石です。澱を除くのが目的なら、直前に静かに移すだけで十分とされます(ハウツー: デカンタージュ)。
酸化を「味方につけた」ワインたち
酸化は欠陥とは限りません。世界には、酸化をあえて設計に組み込んだ銘酒があります。
- シェリー(オロロソ、アモンティリャード) — 産膜酵母の膜を張らせない、あるいは膜が消えた後に酸化熟成させる。ナッツと乾いた果実の香り。
- ヴァン・ジョーヌ(フランス・ジュラ) — 樽を満たさずに長期間置き、産膜酵母の下で熟成させる独特の手法(第34講)。
- マデイラ — 加熱と酸化を経ることで、極めて長い寿命を得るとされます。開栓後も長くもつのが特徴です。
- トウニー・ポート — 小樽で長期熟成させ、カラメルとナッツの風味を得ます(第15講 酒精強化ワイン完全編)。
これらは「劣化した」のではなく、制御された酸化を風味に変換したワインです。酸化という現象そのものに善悪はなく、意図されているかどうかが分かれ目、ということになります。